“Live at the Village Vanguard Again!” (May.28.1966) John Coltrane
John Coltrane (soprano, tenor saxophone, bass clarinet, flute)
Alice Coltrane (piano) Jimmy Garrison (bass) Rashied Ali (drums)
Emanuel Rahim (percussion)
Pharoah Sanders (tenor saxophone, flute)
 


 John Coltrane、フリージャズ期、新メンバーでの最初のアルバム、ライブ録音。
 ”Live! at the Village Vanguard” (Nov.1961)からわずか五年ですが、メンバーはJimmy Garrisonだけが残り、音楽も変わっています。
 楽曲は定番の”Naima”, “My Favorite Things”の二曲のみ。
 冒頭、”Naima”のテーマの提示までは、かつてのバンドと同じ穏やかなイメージ。
 Pharoah Sandersがインプロビゼーションを始めると徐々に様相が違ってきます。
 穏やかに背景に流れていたメロディラインが崩れ始め、ビートも離散的になっていきます。
 ウォーキングを続けるベースとビートではない何かを叩き出すドラム、明後日の方向に、が、淡々とコンピングを続けるピアノ。
 とても激しい演奏ですが、この期の他の作品の比べると相対的には穏やかな音。
 サックスソロがColtraneに交代しても、そんな音の流れは変わりません。
 そして強烈なエネルギーの放出は、テーマに戻り、穏やかに停止します。
 続くJimmy Garrisonのベースソロでは、グラスのぶつかる音が聞こえるほどの静かな時間。
 “My Favorite Things”から再びビートは上がります。
 不思議な方向に動くサックス、激しく叩き続けられるドラム。
 とても激しい演奏ですが、混沌までは至りません。
 その激しさは“Selflessness: Featuring My Favorite Things” (Jul.1963)などのバージョンと大きく違わないようにも思います。
 が、Pharoah Sandersのフリーキーなサックスソロが始まると空気感は一変。
 Rashied Aliも音量を上げ、並走するColtraneも激しい絶叫と混沌の世界に・・・
 強烈なエネルギー。
 それでも本作、“Kulu Sé Mama” (Jun.10.16,Oct.14.1965)、“Meditations” (Nov.23, 1965)あたりと比べると、相対的には平和。
 絶叫、混沌の時間が短い分、上記の二作に比べると、普通にジャズとして聞いても極端な違和感はないと思います。
 定常なジャズの制約の中では出し切れないのであろう、強烈なエネルギーの放射を浴びることを心地よいと思うか否か、それで好みは分かれるのでしょうか。

 新バンド=激烈フリージャズのイメージがあるのですが、この新バンドの最初のアルバムが出たタイミングでは、すでに次の方向への模索が始まっているようにも感じます。
 極めつけに激しい激烈絶叫フリージャズな作品は未発表作品も含めて、このアルバムの前までの以下ぐらい、Pharoah Sanders参加の初期の作品だけだったようにも思います。
 “Ascension” (Jun.28.1965)
 “Live in Seattle”(Sep.30.1965)
 “Om”(Oct.1.1965)
 “Kulu Sé Mama”(Jun.10.16,Oct.14.1965)
 “Meditations” (Nov.1965)

 Coltraneのフレージング自体もかつてとは違った沈痛で激しく同じところを旋回する感じになってきていますが、激烈絶叫フリージャズの主要因、あるいは発火剤はPharoah Sandersだったように感じます。
 などなど、妄想は尽きないのですが、次の公式アルバムは穏やかな演奏も含む遺作の“Expression” (Feb.15.1967, Mar.7.1967)。
 果たしてJohn Coltraneさんの気持ちは穏やかだったのでしょうか?




 posted by H.A.