“Meditations” (Nov.23, 1965) John Coltrane
John Coltrane (tenor saxophone)
McCoy Tyner (piano) Jimmy Garrison (double bass) Elvin Jones (drums) Rashied Ali (drums)
Pharoah Sanders (tenor saxophone)

Meditations (Reis) (Rstr) (Dig)
John Coltrane
Verve
2009-03-24


 John Coltrane、公式アルバムとしては“Kulu Sé Mama” (Jun.10.16,Oct.14.1965)に続く激烈絶叫フリージャズ作品。
 一部の曲の激烈度はNo.1かもしれません。
 二か月前にカルテットで同曲を演奏した “First Meditations” (Sep.2.1965)を録音していますが、世に出したのはRashied AliとPharoah Sandersを加えた激烈なこちら。
 ギリギリでジャズの世界に踏み止まっている“First Meditations”に対して、ぶっ飛んだ本作。
 二作は全く異なる作品、“First Meditations”が習作にも聞こえません。
 基本的にはテーマが提示されて、テーマで締めるジャズのフォーマットですが、その間はフリージャズ。
 五曲で構成されますが、全曲メドレーで演奏されます。

 冒頭曲、サックス二名の激しい音でテーマの提示もそこそこに、Elvin Jones、Rashied Aliは最後までずーっとドラムソロ状態。
 Coltrane はこの期の彼の旋回するフレーズ、フリーキーな音の連続、Pharoah Sandersはさらに激烈な絶叫。
 意識がどこかに行ってしまったような、常軌を逸した激烈な音。
 凄まじい演奏が10数分続きます。
 サックスが抜け次曲に移行、ピアノソロが始まると突然オーソドックスなジャズ的な流れに変わり、ドラム、ベースが定常なビートを刻み、McCoy Tynerはここまでと同様にモーダルな激しい音。
 そんな不思議な流れのメドレーでLPレコードA面は終了します。
 LPレコードB面はJimmy Garrisonの静かなソロに導かれるスローバラードでスタート。
 Coltraneはフリーキーな音は使わず、テーマメロディの変奏のようなフレーズ、祈りにも似たようなソロを繰り返します。
 バックはフリービートですが、美しいピアノの音との絡みが妖しくカッコいい演奏。
 が、次曲、Pharoah Sandersがフリーキーな音を発し始めると、Coltraneも再び絶叫状態に・・・
 サックスが抜けると嵐が過ぎ去った後のような、McCoy Tynerの美しい世界から、締めのフリービートでのバラードへ。
 Coltraneはフリーキーな音を多くは使わないながら、沈痛な面持ちで幕。

 とても激烈な音、沈痛で深刻な音が印象に残ってしまいますが、凄まじい絶叫が続くのはPharoah Sandersが音を出す二曲のみ。
 ほかの三曲はオーソドックスなジャズ風であったり、荘厳で静かだったり。
 冷静に眺めれば“A Love Supreme” (Dec.1964)にも近い構成。
 それらの作品、あるいはジャズ度の高い“First Meditations” (Sep.2.1965)の世界からどうやって抜け出すか、どうすればその先に進めるのか、その答えがPharoah Sandersの絶叫であり、Rashied Aliのビート、だったのかもしれません。
 それにしても凄まじい演奏、凄まじい音楽です。
 以降、激烈な絶叫フリージャズのColtraneの世界が続きます。
 “Om”(Oct.1.1965)、あるいは、このアルバムが激烈さのピーク、そんな一作。




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