“A Multitude of Angels” (Oct.1996) Keith Jarrett
Keith Jarrett (piano)
 
A MULTITUDE OF ANGELS
KEITH JARRETT
ECM
2016-11-04
キース ジャレット




 Keith Jarrett、2016年にリリースされたソロピアノアルバム
 公式音源では大名作 “La Scala” (Feb.13.1995)、スタンダーズ“Tokyo '96” (Mar.1996)に続く、休養に入る直前の時期の録音。
 この人のソロピアノは飽きるぐらいに聞いたのでもういいや・・・と思いつつも、あの“La Scala”に近い時期なら何かあるかもなあ・・・で入手してしまったアルバム。
 “La Scala”から二年弱後、同じくイタリアでの4ステージがたっぷりと収められています。
 後の楽曲を短く刻むスタイルではなく、各会場、前半後半の二部構成+アンコール、“La Scala”と同じ構成、組み立ても似ています。
 が、全体的に淡い色合いで、“La Scala”までの完成度、テンションのステージは無いように思います。
 それでも各部の終盤にピークを作るべく、長尺な試行錯誤を続けるような、1990年代のソロピアノの貴重な記録。

CD.1 Modena (Oct.23, 1996)
 第一部は淡いメロディのスローバラードからスタート。
 静かで淡々とした優しい音の流れが続きます。
 10分過ぎたあたりからビートが定まり、祈りモード。
 が、いつもと違って明るいムード、短いタイミングで、フォークロックモード、マーチモードへと切り替わります。
 強いタッチの演奏が続きますが、30分過ぎたあたりから、この期の特徴、懐かし気でセンチメンタルなメロディが見え隠れするバラード~そのまま静かに幕。
 第二部はフリーからスタート。
 “La Scala”の二部冒頭ほどは激しくはありませんが、もどかしいような、何かと格闘するような音の流れ。
 続くこと20分弱、ビートが穏やかになるとともに明るさが戻り、フォークロックモードへから穏やかなバラードへ遷移し、前向きに幕。
 アンコール?は今にも止まりそうなスローバラード”Danny Boy”。
 明るいムード、緊迫感など、質感は異なりますが、様式、展開は“La Scala”に同じ。
 やはりこの期のソロピアノはこの形がメインのようです。

CD.2 Ferrara (Oct.25, 1996)
 このステージも淡いバラードからスタート。
 ”Modena”よりもビートが早く入り、躍動感のある演奏から始まりますが、次第にテンポを落とし、漂うようなスローな展開から静かな祈りモード、さらに強めのタッチの抽象的な、が、何かを積み上げていくような音の流れ。
 強いタッチのままメロディの形が見え隠れし始めたと思いきや、マーチモード、オリエンタルな音階、と目まぐるしく展開は変わります。
 25分前後からミディアムテンポのリフ、グルーヴの形がまとまりますが、ストップ&ゴーも含めて変幻自在な展開。
 徐々にテンションと音量を上げながら続くこと十数分、高い熱を冷ますような切ないメロディの短いバラードで一部は終了します。
 この日も第二部は飛び跳ねるようなフリーからスタートしますが、すぐにビートは定まり速いテンポ、不思議な音使いの展開から、フォークロックで落ち着き、テンポを変えながらの長尺なインプロビゼーション。
 22分前後からテンポを落とし、締めの漂うなバラードパート。
 時折ビートを留めながらの、これまた何かを懐かしむような、慈しむような、穏やかで優しいメロディで静かに幕。
 アンコールはとても静かな、日本の民謡の香りも漂うバラード。
 この日のステージはフリーな部分はわずか、全体のテイストも”Modena”とは少々異なりますが、様式、構成は同様です。

CD.3 Trino (Oct.28, 1996)
 この日も漂うようなバラードからスタート、スローなテンポはそのままに、早いタイミングから抽象的な音の流れ、美しいメロディの断片が現れては消える展開。
 続くこと十数分、ビートを止めて、高音のみを使った何かが舞い落ちるような幻想的な音の流れ。
 19分前後からビートが入り始め、祈りモードとマーチモードを合わせたような重厚な展開から、再びビートを止めてカデンツァ的な演奏へ。
 オリエンタルな音階から徐々にセンチメンタルなメロディが見え始めますが、再び重厚な音の流れに。
 その重々しい空気のまま、この日の一部は短い静かなメロディとともに終了します。
 戸惑うように間を空けた拍手・・・
 第二部はこの日もフリーから。
 切れ味抜群、あちこちを飛び跳ねるような、高速に突っ走るようなフリー。
 18分過ぎ、どこまでも続いていきそうなその流れは収まり、漂うような美しい展開が始まります。
 断片的な流れが徐々に整理され、美しいメロディが見え隠れし始め、集約されていくスタイル。
 この日は、無伴奏的なミディアムテンポのフォークロック調から始まり、そのままビートが入り、最後はカデンツァで終了します。

CD.4 Genova (Oct.30, 1996)
 この日は一部の冒頭から散文的、フリーな展開。
 叩くような強いタッチ、あちこちに飛び回るような演奏。
 続くこと二十余分、ようやく音が整い始め、漂うような、波のような音の流れに変化。
 そこから十数分、波のうねりは続き、その波間に見え隠れするような、極めて超スローなテンポな美しいメロディ。
 そのまま波が引くように幕。
 とても優雅でドラマチックなエンディング。
 第二部は穏やかなバラードからスタート。
 “La Scala”などのこの期のステージ構成とは一部二部が入れ替わる形。
 今にも止まりそうなテンポ、とても悲し気なメロディと儚い音使い。
 徐々にビートが定まりますが、悲しげな表情は変わりません。
 再びビートは止まり、無音の余白も多い時間を経て、強いビートの陰鬱な展開へ。
 その重々しい雲が晴れることなくエンディング。
 その重々しい空気を払うべくか、アンコールは明るいブルース、そして最後は、晴れた空を待ちわびたような、”Over the Rainbow”。
 
 “The Köln Concert”(Jan.1975)を典型とする1970年代型のソロピアノの形を量産したのが“Sun Bear Concerts”(Nov.1976)といった関係に対して、1980年代~型、あるいは1990年代型ソロピアノの典型“La Scala” (Feb.13.1995)に対する本作、といった整理になるのかもしれません。
 フリーで激しい演奏も交えながら、終盤の美しいメロディをどう生み出していくかのドキュメント。
 “La Scala”のとてつもなく素晴らしい展開、超ハイテンションな演奏には及ばないのかもしれませんが、何か美しいものが生まれる過程を感じ、期待しつつ、時には裏切られ、時には結実する、全く先の読めない物語のようなスリルとサスペンス。
 こんなことができるのは、あるいはやろうとしていたのは、この期のKeith Jarrettだけのように思います。
 私は他には知りません。
 このステージの後、Keith Jarrettは療養入りし、次のソロピアノでのインプロビゼーション作品“Radiance” (2002)以降は、長尺ではなく短いパートで構成する演奏。
 1970年代から続く長尺でドラマチックなスタイルのソロピアノ、最後の記録としても貴重な音源なのでしょう。



posted by H.A.