“Big Fun” (Nov.1969-Jun.1972) Miles Davis
 
Big Fun
Miles Davis
Colum
マイルス デイビス


 Miles Davis、1970年代初旬のスタジオ録音を集めた作品。
 “Get Up with It” (May.1970-Oct.1974)がNov.1974のリリースに対して、本作はそれに先立つApl.1974のリリース。
 下記の作品の前後のセッション、“Bitches Brew”以降の没セッションの記録に過ぎないのですが、“Bitches Brew”の後、あるいは“On The Corner”の後に何をやろうとしていたのか、表に出ていないことが見えてきます。
 実験的な要素も強いものの、凄い演奏が揃っています。 

(〇:本作収録)
  “Bitches Brew” (Aug.19-21,1969)
 〇"Great Expectations/Orange Lady"、"Yaphet" <Nov.19.1969> 
 〇"Trevere"、"The Little Blue Frog"<Nov.28.1969> 
 〇"Lonely Fire"<Jan.27.1970>  
 〇"Recollections"<Feb.6.1970>  
  “Jack Johnson" (Feb.18,Apl.7,1970)
 〇"Go Ahead John"<Mar.3.1970>  
  “Miles Davis At Fillmore” (Jun.1970)
  “Live Evil” (Dec.16-19,1970)
  “On The Corner” (Jun.1.6,Jul.7.1972)
 〇"Ife"<Jun.12.1972>
  “In Concert” (Sep.29.1972)
  “Dark Magus” (Mar.1974)
  “Agharta”、"Pangaea” (Feb.1.1975)

 “Bitches Brew”直後から、世に出た“Jack Johnson"のようなストレートなファンクではなく、インド楽器の導入を交えて諸々の試行がなされています。
 “Bitches Brew”をベースにして、ジャズでもファンクでもない、エスニックでファンキーでポリリズミックなビートに向けた試行をしているようにも思えます。
 その後、ベーシストをDave Hollandから、ジャズプレーヤーではないMichael Hendersonに交代し、ジャズっぽさと決別。
 “On The Corner” でファンキーでポリリズミックなビートには一定の決着をつけたように思われるのですが、求めていたのはさらに違うビート感。
 ファンキーでポリリズミックな上での疾走感の追求。
 そのためにAl Fosterにこだわり、このアルバムでは"Ife"<Jun.12.1972>にその結実が見られるように思います。
 が、その後の“In Concert”、“Dark Magus”で結果的には少し違った方向へ。
 それでも、“Get Up with It”に収録された"Calypso Frelimo"<Sep. 1973>、"Mtume"<Oct. 1974>などのセッションを聞くと、やりたかったのはファンキーでポリリズミック、かつ疾走するビートだったようにも推察されます。
 諸作にその断片は見えるものの、アルバムとしてそれで通した作品がないのが残念です。

 以上、あくまで私見、事実はわかりませんが、そんな推理ゲームも楽しめることも、この期のエレクトリックMiles諸作ならでは、未発表テイクの面白さだと思います。
 いろんな時期、いろんな要素が混在して一貫性が無いのはオムニバスゆえの悲しさですが、整理して、“Bitches Brew”派生型フリージャズ的作品、“Get Up with It”+本作"Ife"などでポリリズミックファンクの二作に分けると、どちらも名作になりそうなのですが・・・ 

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 <Nov.19.1969>"Great Expectations/Orange Lady"、"Yaphet"
Miles Davis (trumpet)
John McLaughlin (electric guitar) Herbie Hancock, Chick Corea (electric piano)
Ron Carter (double bass) Harvey Brooks (Fender bass)
Billy Cobham (drums) Airto Moreira (percussion)
Steve Grossman (soprano saxophone) Bennie Maupin (bass clarinet)
Khalil Balakrishna (electric sitar) Bihari Sharima (tabla, tamboura)

 “Bitches Brew” (Aug.19-21,1969)の三か月後のセッション、“Jack Johnson" (Feb.18,Apl.7,1970)よりも前。
 “Bitches Brew”の編成に近いのですが、ドラムがJack DeJohnetteではなくBilly Cobham、ベースがDave HollandではなくRon Carter+エレキベースのHarvey Brooks。
 Wayne Shorterは抜けましたが、Herbie Hancockが呼び戻されているのも面白いところ。
 さらにインド楽器が加わります。
 本セッション、次のセッション<Nov.28.1969>あたりで次の作品を作ろうとしていたのだろうと推察されます。
 "Great Expectations/Orange Lady"は、長尺27分、妖しく鳴り響くタンブーラとBilly Cobhamが叩きだすファンキーながら淡々としたビートでスタート。
 ヒタヒタと迫ってくるビートと極端にゆったりした憂鬱なテーマのメロディ、繰り返されるブレークが楽曲“Bitches Brew”を想い起します。
 テーマが提示されたのち、スペースが出来てインタープレーが始まり、誰かのソロが始まるのかなと思っていると、再び同テーマが繰り返される展開。
 途中でテンポは変わり、 インタープレーは常に続いていますが、前半約13分この展開、最後まで誰かの明確なソロの場面はありません。
 他にも数曲同じ展開があり、この展開を様々な形で実験していたようです。
 楽曲”Nefertiti” (Jun.Jul.1967)的でもあり、“Bitches Brew”的でもあり、インド楽器の響きが先のバスクラリネットの響きにも増して妖しくもあり。
 中盤からビートが定まらないバラードへ。
 シタール、タンブーラが鳴り響く妖しい空間に鳴り響くゆったりとしたトランペット。
 そこからタブラがビートを作り、徐々にテンションを上げながら、エレピ、シタールなどが絡み合う穏やかで前向きな楽園ムードのグルーヴへ展開。 
 最後はテンポを落としてトランペットと、インド系楽器の絡み合いで幕。
 後半はJoe Zawinul作で、”Weather Report”(1971)、”Live in Tokyo”(1972)Weather Reportで演奏されていて、近いムード。
 Joe Zawinulの参加クレジットはありませんが、このセッションも彼のアイデアだったのでしょうね。
 ジャズともロックともファンクともインド音楽ともつかない新しい音、さらに前半は掟破りの新しい構成。
 不思議感全開ですが、カッコいい演奏だと思います。

 "Yaphet"はCD化の際に追加された演奏。
 "Great Expectations/Orange Lady"と同じ編成、淡々としたビート、繰り返されるゆったりとしたテーマ、ブレークと、構成も同様です。
 こちらは陰鬱ではなく、パーカッションが鳴り響く明るい楽園ムード。
 中盤から徐々にビート感が上がり、エレピが例の狂気のフレーズを弾き出し、混沌まで行くかと思わせますが、その三歩ぐらい手前でとどまります。
 後の“Miles Davis At Fillmore”(Jun.1970)などのライブでは混沌に行ってしまいますが、“Bitches Brew”と同様に抑制されています。

 この期のセッション、総じて言えば“Bitches Brew”にインド色を加えた妖しげなファンクジャズ。
 テーマの徹底した繰り返しと、ソロが前面に出ないインタープレーとの対比も実験していたことなのでしょうか?
 発表されなかった理由は想定よりも飛躍しなかったこと?あるいは売れないと判断したからでしょうか?
 確かに“Bitches Brew”+αなのですが、妖しさ、不思議感全開。
 一般受けする音楽でないとしても、少々の楽園ムードも含めてカッコいいと思います。
 もう少し整理すれば凄いアルバムが出来そうではあるのですが、“Jack Johnson"はリリースされ、こちらはお蔵に入り。
 そのことから推察すれば、既にMilesは、ライブはさておき、スタジオではジャズの香りが残る“Bitches Brew”の世界に見切りをつけていたのでしょうか?




<Nov.28.1969>"Trevere"、"The Little Blue Frog" 
Miles Davis (trumpet)
Chick Corea (electric piano) Larry Young (organ, celeste) John McLaughlin (guitar)
Harvey Brooks (electric bass) Dave Holland (double bass)
Jack DeJohnette, Billy Cobham (drums) Airto Moreira (cuíca, berimbau)
Steve Grossman (soprano saxophone) Bennie Maupin (bass clarinet)
Khalil Balakrishna (electric sitar) Bihari Sharima (tamboura)

 “Bitches Brew” (Aug.19-21,1969)の三か月後、"Great Expectations/Orange Lady"、"Yaphet" <Nov.19.1969>に次ぐセッション、どちらもCD化での追加曲です。
 “Bitches Brew”+インド楽器の編成ですが、ドラムはツイン、キーボード、ベースが交代、John McLaughlinは"The Little Blue Frog"のみに参加しています。
 "Trevere"はフリージャズっぽい幻想的な演奏。
 ドラムはフリーなビート、インド系楽器が鳴り響く空間に、ゆったりとしたテーマを繰り返し奏でるトランペットが鳴り響き、他の楽器がフリーにインプロビゼーションを展開するイメージ。
 "Great Expectations/Orange Lady"の構成を、別の形で実験したイメージでしょうか。
 "The Little Blue Frog"はゆったりとしたビートの不思議な演奏。
 ビートは定常ですが、シタール、タンブーラ、バスクラリネット、さらにクィーカーが妖し気な空間を作り、その中にクールなミュートトランペットが響きます。
 ギターも激しく音を出しますが、フワフワした空間に吸い込まれていくようなイメージ。
 混沌ではありませんが、終始乳濁色なような空間。
 不思議感全開です。


<Jan.27.1970>"Lonely Fire" 
Miles Davis (trumpet)
Chick Corea (electric piano) Joe Zawinul (electric piano, Farfisa organ)
Dave Holland (double bass) Harvey Brooks (Fender bass guitar)
Jack DeJohnette, Billy Cobham (drums) Airto Moreira (Indian instruments, percussion)
Wayne Shorter (tenor saxophone) Bennie Maupin (bass clarinet)
Khalil Balakrishna (sitar, Indian instruments)

 “Bitches Brew” (Aug.19-21,1969)、”Jack Johnson" (Feb.18,Apl.7,1970)の間のセッション。
 ここでも“Bitches Brew”+インド楽器の編成。
 二台のエレピを中心とした幻想的な背景にしたミュートトランペットの悲しげな音。
 インド系の楽器が妖しさを付け加えます。
 前半はビートが定まらない、漂うようなバラード。
 この曲も"Great Expectations/Orange Lady"と同様に、ゆったりとしたテーマメロディの繰り返しの間に、誰のソロとは決まらないインタープレーを挟んでいく構成。
 それが続くこと十数分、中盤からはヒタヒタと迫ってくるようなビートに遷移、テーマの繰り返しは断片的になり、インプロビゼーション中心の展開へと変わります。
 徐々にテンポを上げながら、トランペット、サックスの端正なソロ、エレピの狂気混ざりのソロ。
 テーマの流れとは別に、この時点ではまだ世には出ていない“Return to Forever” (Feb.1972)Chick Coreaの”La Fiesta”の展開が断続的に流れていて、エレピがそのメロディを一瞬だけ弾く場面もあります。
 最後はテンポを落とし、再びテーマの繰り返しで締め。

 この期のセッションで度々出てくる、スローなテーマとインタープレーをひたすら繰り返す構成の楽曲は、後の正規リリース中にはなかったように思います。
 実験は実験のまま終わったのか?
 気づいていないだけで、何かの中に取り込まれているのか?
 さて・・・?


<Feb.6.1970>"Recollections" 
Miles Davis (trumpet)
John McLaughlin (guitar) Joe Zawinul (electric piano (left) ) Chick Corea (electric piano (right) )
Dave Holland (electric bass)
Jack DeJohnette (drums) Billy Cobham (triangle) Airto Moreira (cuíca, percussion)
Wayne Shorter (soprano saxophone) Bennie Maupin (bass clarinet)

  “In a Silent Way”(Feb.1969)の再演、長尺18分。
 このセッションもCD化の際に追加されたもの。
 穏やかなメロディ、演奏です。
 クレジットされていませんが、シタールとタンブーラの音が入っています。
 "Great Expectations/Orange Lady"がインド色の”Bitches Brew”だとすれば、こちらはインド色の”In a Silent Way”・・・というほどには強烈なインド色はありません。
 終始漂うような穏やかな音の流れ。
 電子的な効果音のようなエレピの使い方も当時としては新しいのかもしれません。 
 最初から最後まで同じ調子、穏やか過ぎて単調と言われればそうかもしれませんが、心地よさは抜群。
 少しずつ微妙に変わる景色を楽しむ、といった妙もあるかも。
 いずれにしてもこの時期、今までの諸作の流れの中にインド色、さらには電子音を取り入れることで新しいモノを作ろうとしていたのは間違いないのでしょう。


<Mar.3.1970>"Go Ahead John" 
Miles Davis (trumpet)
John McLaughlin (electric guitar)
Dave Holland (bass) Jack DeJohnette (drums)
Steve Grossman (soprano saxophone)

 “Jack Johnson" (Feb.18,Apl.7,1970)、“Black Beauty” (Apl.10.1970)、“Miles Davis At Fillmore” (Jun.1970)と同時期のセッション。
 “Jack Johnson"の流れを継いだと思えるファンク系、長尺な30分弱。
 但し、それとは違うもっとファンキーなビート。
 ここに”On The Corner”(Jun.1972) ”Black Stain”の必殺ドラムがあります。
 John McLaughlinのギターもファンキーさを強調したカッティングの場面も多く、”On The Corner”への道筋が見えてきた感があります。
 各人のソロが長尺に収められていますが、オーバーダビングによるギター、トランペット、ドラムの各二台での掛け合いなど、凝った編集。
 ギターがギュインギュインいってつ場面がありますが、全体的に抑制された演奏で、Milesも熱くならずクールに吹ききっています。
 ファンキーなビートから始まり、中盤からテンポをスローダウン、再度ファンキーに戻る構成。
 ファンキーな部分ではベースが苦しそうかな?と思っていると、Dave Hollandでしたか。
 なるほど・・・
 それにしてもJack DeJohnetteのドラムは切れ味最高。
 ”On The Corner” (Jun.1972)はまだ先ですが、その原点はこれ。
 それとも、このセッションの少し前、“Directions”収録"Duran"Feb.17,1970Billy Cobhamのドラムだったのでしょうか?
 私ならばタイトルは"Go Ahead Jack"にします。




<Jun.12.1972>"Ife"
Miles Davis (electric trumpet with wah wah)
Lonnie Liston Smith, Harold I. Williams, Jr. (electric piano)
Michael Henderson (electric bass)
Al Foster, Billy Hart (drums) James Mtume (African percussion)
Sonny Fortune (soprano saxophone, flute) Bennie Maupin (clarinet, flute) Carlos Garnett (soprano saxophone)
Badal Roy (tabla)

 ”On The Corner”(Jun.1.6,Jul.7.1972)セッションの間の録音、長尺20分超。
 Jack DeJohnetteが抜けてAl Fosterが参加しています。
 Al Foster、“In Concert”(Sep.1972)などの演奏から、疾走感は強いのでけども単調なイメージが強くて、この種のファンキーな演奏には向かないのでは?とも思っていたのですが、このセッションなどを聞くと彼にこだわった理由が推察できます。
 Jack DeJohnetteがやらなかった、シンプルで疾走感のあるビート。
 その疾走感とパーカッション陣のポリリズム、さらにMichael Hendersonのファンクベースを合わせれば、疾走感を伴ったファンキーでポリリズミックなビートが出来るのでは?といった目論見。
 このセッションと“Get Up with It” (May.1970-Oct.1974)のいくつかのセッションで、それが実現しかけているように思います。
 本作のAl Fosterも前半はシンプルなビートで突っ走ります。
 が、もう一台のドラム、パーカッション、タブラなどが絡むことでポリリズミックなビート感が出ています。
 中盤からはドラムも複雑なビート。 
 上手くコンパクトに編集して”On The Corner”に収録されてもよさそうに思うのですが、そうならなかったのは何故でしょう?
 なお、同曲は“In Concert”(Sep.1972)、“Dark Magus” (Mar.1974)でも演奏されていますが、このバーションが一番ポリリズミック感が出ていると思います。
 ビートの整理がついて、本曲、“Get Up with It”収録の"Billy Preston"<Dec.1972>、"Calypso Frelimo"<Sep. 1973>、"Mtume"<Oct. 1974>などの要素を合わせていけば、”On The Corner”に並ぶようなファンキーでポリリズミックで、さらに疾走する、カッコいい作品が出来ていたようにも思います。
 この“Big Fun”、“Get Up with It”の編集~リリースの際にそうすることもできたのでしょうが、しなかったのは何か別の意図があったのでしょうね。


posted by H.A.