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観光地として認知された廃墟は、すでに廃墟ではない。
by S.I. 



 今から約40年前、私が大学入学のため東京に来て一番嬉しかったのは、晴れてジャズ喫茶に出入りできるようになったことだったなァ。

 高校生のときにも地元の隣町のジャズ喫茶に何度か行ったことがあるけど、ドキドキもの。知り合いの人に出くわしたりして親にでも云われたら、ちょっと厄介なことになる。

 私が初めて東京に住んだのは駅からはだいぶ離れていたけど、高円寺で、結構な件数のジャズ喫茶があった。数年前たまたま高円寺のその界隈に行く機会があったので、私は懐かしさも手伝って、そのあたりを徘徊してみたのだけど、当時の店はひとつも見当たらなかった。

 
 まァ、40年近く経てば、ほとんど無くなるだろうけど、それらしい店も無く、風俗店が目立つばかりで、雰囲気も様変わりしていまして、客引きに腕でもつかまれそうだったのでそそくさと退散しました。

 
 当時のジャズ喫茶は、その大部分がいわゆるレコード喫茶。客はほとんどがコーヒーを注文し、かなり爆音で大型のスピーカーからジャズを流す。もちろんまだCDの無い時代だから、レコードのジャケットが掲げられA面かB面の表示が出ていた。

 
 客同士の会話はほとんど無く、「会話禁止」なんていう張り紙のある店もあった。お客さんは、コーヒーをすすりながら、ただひたすらスピーカーから流れ出る音に耳を傾けていたわけです。それでもけっこう入る時はわくわくしたし、楽しかったし、いろいろな発見もあった。

 
 お酒や食事をしながらマスターとジャズ談義をする店なんて、当時は行ったことがなかった。あるいは、そんな店もあったのかもしれないけど、当時の私はそんな楽しみ方の出来るほど大人ではなかった。

 
 ただひたすら音を聴いていたレコード喫茶でも、そこで得た情報や知識はかなり大きなものだったと思います。そこで聴いて気に入ったレコードを買ったものも、たくさんあったのは云うまでもありません。

 それから当時、街にはジャズ専門の小さなレコード店がけっこうありました。6畳ほどの小さなスペースの壁にびっしりレコードが並び、ぽつんと店主のおじさんが一人すわっている。そんな愛すべき店が、私たちジャズ好きの憩いの場でもあり大切なスペースでした。

 
 そんな店主のおじさんは、最初はちょっと怖かったけど、「これ下さい・・・」とか云ってレコードを差し出すと、「オー、これか、中々いいアルバムだよ」とか云って、ちょっとした解説をしてくれたり、関連する情報や逸話なんかも教えてくれたりした。

 そんな方々は、まだジャスファンになりたての若者にとっては敬愛すべき師匠でもあったし、絶好のナビゲーターでもあったと思います。

 
 よくよく考えると、当時は、わずかコーヒー一杯で何時間もねばる客ばかりでも、ジャズ喫茶の経営は充分成り立っていたのでしょう。それからジャズのみのレコードを小さなスペースで売るお店でも生計が立てられたのでしょうね。もちろん詳しい内情は良く分かりませんが、あの当時は都会でも少なくとも現在よりはかなり牧歌的でのんびりしていたのかもしれません。

 
 ジャズ喫茶や街の小さなレコード屋さんは、明らかに日本にとってのひとつの文化だったと思うのです。私たちジャズファンにとって古き良き昭和の一時代であったのかもしれない。

 
 大学を卒業し社会人になってから、ほとんど足の遠のいてしまったそんな店々も、気がついてみたら、ほとんど壊滅状態といってもいい惨状かもしれません。思えば私が大学生だった頃がそんなジャズ喫茶なんかの最盛期でもあり、もう既に衰退は始まっていたのかもしれません。

 
 あの頃のジャズ喫茶のマスターやレコード店の店主に感じたのは、「ホントーにジャズが好きなんなァ・・・」ということでした。あの方々は、まだお元気でしょうか、そして今でもジャズを心から愛しているのでしょうか・・・?

 
 さらに、ふと下の世代に目を転じると、現在の若者たちはジャズに興味を持ったとき、どんな方法で知識や情報を仕入れてゆくのだろうか、と思って、ちょっぴり心配になってしまいます。

 
 You-Tubeや専門のWebSiteなどネットで情報収集をするのか、細分化されたラジオか、雑誌なのか。レコードやCDを買うのではなく、ほとんどダウンロードなのか。だとするなら、少々味気ない気はしますが、それは私の世代の郷愁なのかもしれません。

 
 たとえ文化としては滅びても、当時の雰囲気を持ったジャズ喫茶やレコード(CD)屋さんが、ごくこくわずかでも残っていてくれればと願わずにはいられません。

 
 時が経つほどにジャズの歴史は長くなり、それだけ音源も豊富で、様々なタイプのジャズが生まれ、ますます複雑になっているし、おもしろくもなってると思います。そんなジャズを語り伝えるのは評論家とか専門の方でもいいけど、ジャズ喫茶やレコード屋のおじさんのような普通のジャズ好きであって欲しい気がするのです。

 なぜなら、あれから何十年も経った今、私のジャズの知識や趣向の源は、彼らであったと実感します。彼らはレコード会社やレーベルその他とは、一切利害関係が無かったから・・・なんて想像するのは、ちょっと考え過ぎでしょうか・・・?

si50posted by S.I.