ジャズを生んだのは、もちろんアメリカだけど、それはアメリカ大陸に渡った多くの移民、主にヨーロッパ人達が持ち込んだクラッシクや民謡、それと奴隷として連れて来られた黒人たちのブルースやリズムがぶつかり合い、融合し、様々な化学反応を起こして勃興した。
それが、やがてはロックやポップスなどにもつながり、世界中にばら撒かれ、多くの国々の若者たちの心を捉えた。それは世界中で受け入れられるような構造になっていた。
なぜならアメリカで生まれたこの音楽の源流は、もとはと言えばヨーロッパなど世界中の人々が持ち込んだ民謡などの美しいメロディやクラッシクの理論をベースに作られた。そこに古典にはない黒人達のリズムやブルースが加味された、とのこと。だから世界中の人々の琴線に触れるように出来ていたのだと。
アメリカが世界の覇権国になったのは、世界一の経済力、軍事力を持ったことだけではない。アメリカからばら撒かれた音楽、映画、食文化など等が、世界中の若者たちの心を捕え、アメリカ文化に憧れを持つようになったからだ、と。ある意味、壮大な逆輸入かもしれまん。
私が若い頃、ジャズピアノらしきを習い始めた頃、ブルース・スケールの習得は必須といことなっていました。もちろん今からモダンジャズを始める人達にとっても同様でしょう。
3,6,7度を半音フラットさせるブルース・スケールは一種のモードとも云えるでしょうが、この音を散りばめることによって、よりジャズっぽい艶と響きとスゥイング感が生まる。また、ブルース形式(ブルース・コードで12小節x2)の演奏はモダン・ジャズを志す者にとては必修科目といえるでしょう。
私が憧れたバップ時代のピアニストたちは、皆ブルース・フィーリング溢れるフレーズが光り輝いていました。
ところで私がここ数年、心酔しているヨーロピアン・コンテンポラリーはどうでしょうか。むろんプレイするミュージシャンやアルバムによって差異はありますが、正直云って、あまりブルースは感じられない。ブルーノートを感じるフレーズは、それほど耳に入って来ない。
先述したとうり、ブルース・スケールは一種のモード音階でしょうから、コンテンポラリーにもその要素は含まれているとは思うのですが、モダンに比べると多様なモードを駆使しするコンテンポラリーの演奏では、ブルーノートがさほど際立たない、のかもしれません。
想像するに、ブルースはアメリカに無理やり連れて来られたアフリカ系の黒人達の悲しみや怒り、その他の感情が入り混じったものが根底にあるのでしょう。現在のアメリカ社会がそういった矛盾を完全に解決したとはとても思えませんが、少なくとも半世紀前よりは黒人達がブルースを唄う土壌は多少は清められたのでしょうか・・・?
いずれにしろ、モダン全盛の頃のようなブルース感が中核を占めるような演奏は、相対的に少なくなったような気がしてなりません。そのかわり、独特のモードが、ブルースの代わりの役目を果たしているのかも。それは、ある時はブルースより深く、暗い「闇」のようにも聴こえることがあるのは、私だけでしょうか。
考えてみると、どの民族や国民にとっても、その歴史の中で、深い哀しみの唄や、その表現、節回しがあるように思えてなりません。日本にだって民謡や雅楽のなかにきっとあるのだろうと思います。もしかしたら、演歌の節回しなんかに脈々と受け継がれているのかも。
ヨーロピアン・コンテンポラリーの演者たちは、それぞれの民族性や血の中に流れる、それぞれ彼らなりのブルーノートを持ち、その演奏の中に散りばめているのかもしれません。
きっと全ての民族が、独自のブルース・スケールを持っているのだと思う今日この頃です。