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廃墟から微かに聞こえる静かなる調べは、
やがて滅びるであろう人類への鎮魂歌(レクイエム)。
by S.I.



 Foxholeで飲んでいるとき、私はマスターに「ジャズの歴史は1960年代初頭で終わりだよね」と、言い放ったことがあります。それに対しマスターはフ~ムと下を向き、独り言のようにこう呟きました。
 「70年代以降こそ、ジャズの宝庫だと思うのですが・・・」

 帰宅してHelge Lienのピアノを聴きながら、さっきのマスターの言葉が喉に突き刺さったように響いていました。長年の持論が、いとも簡単に崩れ去って行く感じがしました。

 
 40年代から50年代にかけジャズはスウィングからバップへと発展し、大きく花開いた。
アメリカの黒人を中心に、もっともジャズが輝いていたのがこの時代。50年代末にマイルスがモードの手法で演奏をはじめ、60年代は大きな変革の時期でもあったのでしょう。
私はいわばこの年代がモダンジャズの黄金期であると信じていました。

 でも私はそれ以後はジャズの根本的な進展は無いように感じられました。晩年のマイルスもいたずらに混迷するのみで、そこに新たなる輝きは無い・・・と思わざるを得なかった。

 それ以後、クロスオーバージャズなる言葉が出てきて、後のフュージョンとなるのですが、私には、やたら電子楽器とかロックのリズムとか取り入れうわべのファッションを飾っているだけの音楽のように感じられ、確かにスタイリッシュな印象はあるけど、本質的には中身の薄い音楽のように思えてならなかった。

 自然と私は回顧的になり、50年代あたりのジャズこそがジャズのメインストリームであり、これこそがジャズの本質であると思い込んでいました。

 その思い込みは、ある意味では正しかったのかもしれません。60年代には様々な音楽的アプローチや理論は出尽くしていたとも考えられなくはない。しかし、あらゆる本質的な理論が出尽くした後に、新しい時代のミュージシャンたちが始めた模索から目を逸らすことになってしまったのかもしれません。

 その試みとチャレンジは必ずしも一定方向ではなかったような感じがします。それぞれがそれぞれの方向で、四方八方に向かって散らばり、様々なタイプのサウンドが生まれていったのでしょう。その散らばり方があまりに拡散したため、ジャズのメインストリームらしき発展は終わったのだと錯覚してしまったのかもしれません。

 もしかしたら、70年代以後、ようやく新しい世代のジャズメンたちは古き呪縛から解き放たれ、先人たちが残してくれた理論も身につけ、自由でまったく新しいサウンドを創れる環境と精神を手に入れたのかもしれません。気がついてみたら、確かにこれまで体験したことのない音世界が豊富に存在していますから。
 

 「70年代以降こそがジャズの宝庫である・・・」

 それは、ジャズを心から愛し、ジャズの現在と未来を信じようとする言葉のように思えてなりません。
 今の私は、そう信じてます。


si50posted by S.I.